秋の朝 ショートストーリー
「ピピピピッ、ピピピピッ」
ベッド脇のサイドテーブルのスマートフォンに手を伸ばす俊。
目覚ましのアラームを止めた。
(しまった、今日は日曜だった。昨日、うっかり目覚ましセットして…)
(起こしちまったかな)
「ん、おはよ」
やはり起きてしまった。
寄り添うようにして寝ていた蘭世。まだ眠そうに目をこすっている。
「ごめん、休みなのに目覚ましかけちまった」
「ううん、大丈夫」
「まだ寝てろ。俺ひとっ走りした後、朝飯つくるから」
「うん、ありがとう」
俊は起き上がり、スリッパをはいた。振り向き蘭世の額に軽くキスをしてベッドを出た。
まだいくらでも眠れそう…
額に残るキスの感覚、俊の体温が残るシーツ、鳥のさえずり。
蘭世はうとうと心地いい感覚に浸っていた。が、やがて意識が遠のき、再び眠りについた。
俊は軽くジョギングを終え、キッチンに立っていた。
近頃は、体調が安定しない蘭世に代わり、俊が朝食を作るようになっていた。
新婚真壁家の朝食は、和洋半々だったが、最近は味噌汁が飲めない蘭世のために、もっぱら洋の朝食ばかりだ。
平日は、トーストにフルーツ、コーヒーくらいだったが、休日の今日はそれにサラダと目玉焼き、ソーセージもついたフルコースだ。
しばらくして蘭世もキッチンに下りてきた。
「よっ、二度寝できたか?」
「うん、今日は体調もいいみたい」
「そうか」 焼きあがった目玉焼きを皿に移しながら言った。
「ねえ、今日天気よくて気持ちよさそうだから、庭で朝ごはん食べない?」
「そうだな」 最後にコーヒーを入れて…
「じゃあ、お皿運ぶね」
蘭世はできあがったお皿を持ってデッキテラスに出た。
庭へはダイニングから続くデッキテラスのステップを下りて、出られるようになっている。ステップを下りようとしたその時だった。はちが蘭世の目の前に飛んできた。
避けようとしてステップを一段踏み外してしまった。
「あーーっ いたっ」
「どうした」 駆け寄る俊。
「階段踏み外して、転びそうになっちゃった」
「大丈夫か」
幸い、なんとか踏みとどまり転倒は免れた。
「よかった… お皿のものこぼれなくて」
「後はおれが運ぶから、座ってろ」
すべてのお皿を運び終わり、俊もテーブルについた。
やわらかい秋の日差しが、キラキラとテーブルクロスやコーヒーカップの縁に反射し、ところどころ光白く染めていた。
「足元には気をつけろよ。もう一人の体じゃないんだから」
「はい、以後気を付けます」
蘭世はうつむいて、少し膨らみ始めたお腹に手をあてて答えた。
「怪我してないか?」
「ちょっと膝擦りむいちゃった」
「どれ、見せてみろ」
食べる手をとめて、かがんで蘭世のスカートを膝までまくった。
少し血がにじむ程度の怪我だったが、俊は蘭世の膝に手を当てて念じた。
蘭世はかがんでいる俊を見おろしながら、今日も朝から甘えてばっかりで…
申し訳ない気持ちと同時にありがとうの気持ちが込み上げてきた。
(甘い言葉は言ってくれないけれど、いつも態度で示してくれる。特に妊娠がわかってからの彼のやさしさったら…)
そんなことを考えていると、目にはいつのまにか涙らしい光の影が溜まってきた。
「よし、治ったぞ」
俊は顔を上げた。蘭世の目元に光る涙。
「あれっ、痛かったか?」
「ううん、違うの。色々嬉しいなって思って」
「ったく、また… 一人で感極まって泣いてりゃ世話ないな」
俊は、蘭世の目尻に溜まる涙をそっと拭い、胸に抱きよせた。
庭は金木犀の香りが風にのって時折漂ってくる。雲一つない青空の下のテーブル。
テーブルの椅子は将来、一つ二つと増えていく。でも今はまだ二人だけの甘いさわやかな秋の朝だった。