ときめきトゥナイト 二次創作

マリッジブルー再々描き直し

「もう勝手にしろ」

「勝手にするもんっ」

冬のある日。

友人や親戚に結婚式の招待状を出して、ひととおり返事が返ってきた後の座席決めの時だった。ほとんど全員出席で返信をもらっていたが…

一人だけ返信がまだ来ていなかった。

「神谷はもう来ねえな」

「連絡取ろうにも最近ジムに来ねえし」俊は言った。

「そうね。神谷さんの気持ちもわかるけど、残念だな」

「じゃあ、神谷の席は削るとして…」
そう言った矢先…

「待って。やっぱりまだ席をなくすのはやめて」

「えっ、なんでたよ」

「もしかして、まだ迷ってるんじゃないかな。来てくれるかも。だからぎりぎりまで席確保しておきたい。」

「それはないな。あいつはもう来ねえよ。お前もさっき気持ちわかるって言ったろ」

大好きだった人が、ライバルと結婚するのだ。だれが出席したいだろうか。
そんなことは百も承知だったが、蘭世はあきらめきれない複雑な気持ちを持っていた。曜子にプロポーズの報告をしてから、お互い心にわだかまりがあるような雰囲気もあったが、なんとなく少しずつ理解してくれているような気がしていたのだ。そして、きっと心のどこかで私たちのことを祝福してくれている…と思いたいのだった。

「そうだけど、もしかして…来てくれたら嬉しいなって…一縷の望みというか…上手く言えないけど…」

「ぎりぎりというか当日までそのまま席空けておいてもいいかも」

「そんなっ。そんな希望的観測だけで席確保しておくなんておかしいだろ。とにかく削る。その席は代わりに他の人に声かけてみるよ」

「えっ、それはやめて。お願いまだ待って。私にとってはすごく大事なことなの。だいたい真壁くん冷たすぎるよ。私の気持ちわかってくれないし、神谷さんに対してだって…」

蘭世は声を荒げた。

俊も冷静さを失っていた。蘭世の「冷たい」の一言でついかっとなってしまい…

「悪かったな冷たくて。わかったよ、もうどうなってもしらねえからな。勝手にしろ!」

「勝手にするもんっ」

近頃、些細なことで喧嘩が多くなっていた。

結婚式の準備は、バイトやボクシングの練習で忙しいこともあり、夢やこだわりの多い蘭世に任せていた。しかし任せっきりにしていると時々、「真壁くんも真剣に考えて」と言われる。結婚式の準備に対する態度に、蘭世から小言を言われ、戸惑うことがあった。

そして、最近は決め事の度に蘭世の優柔不断な面が顕著になっていて、俊を少しイライラさせていた。この前のドレス選びの時も…

多くの時間がかかってようやく決めたと思ったら、別の百貨店でふと見たドレスが気に入ってしまい… 悩んだ末、一度決めたドレスはキャンセルして、そのドレスに乗り換えたのだ。

そして今回の曜子の件だ。曜子のこととなると蘭世は気を使いすぎるところがある。そういうところも俊は気に入らなかった。だから、普段はなんてことない言葉にも、ついイラっとなってしまう。

一方蘭世は…

(あー、また喧嘩になっちゃった。冷静に考えれば真壁くんのいうとおりなのに。忙しさにいっぱいいっぱいになって、つい訳のわからないことを言ってしまう)

蘭世は俊に気持ちを理解してほしいだけだった。アドバイスもいいけれど、ただ聞いてほしい、そう言えば良いのだが、蘭世はそういう気持ちに自分でも気づいていなかった。だから、もやもやとした気持ちのまま、余計に俊を困らすようなことを言って… 最後には、売り言葉に買い言葉になってしまう。

一週間が過ぎた。

寒さは一段と厳しくなっていた。外を吹く風は冷たく、秋に鮮やかに彩っていた木々の葉は落ち葉となり、地面は茶色の濃淡が混ざり合うグラデーションになっていた。蘭世の複雑な感情が混ざり合う心のグラデーションのように。

蘭世は携帯電話を手に自分の部屋のベッドに座り、思いあぐねていた。

(真壁くんと連絡とらないと)

結婚式場のスタッフとの打ち合わせが迫っていたのだ。

メールの文字を打っては取り消し…を繰り返していると、

俊の方から電話がかかってきた。

「この前は悪かったな」

「わたしこそ、ごめんなさい」

「今度の日曜空いてるか? 家で見せたいものがあるんだ」

「うん、日曜日は大丈夫」

蘭世はほっとした。

(口を聞いてくれてよかった… でも見せたいものってなんだろう)

日曜日。

蘭世は俊の部屋の新しいソファーに座っていた。
俊の部屋は畳敷きだったが、最近二人掛けのソファーを買ったのだ。婚約してから時々泊まりに来る蘭世の生活小物も少しづつ増えていた。

「コーヒーでいいか?」

お揃いのマグカップにコーヒーをいれてテーブルに置いた。
そして本棚から一冊のアルバムを取り出す。

「これなんだけど」

「アルバム?」

「小学生の頃のな」

蘭世はアルバムを開き、ページをめくる。

「うわあ、かわいい」

そこには、蘭世には懐かしい俊の子供の頃の写真が並んでいた。
さらにページをめくると、曜子の幼い顔があった。

「あ、神谷さんだ」

俊の入学式などの節目の写真や母とのツーショット、普段の何気ない一コマの写真の合間に、時々曜子の顔が出てくる。

「神谷はいつもおれの近くにいたよ。正直うっとうしいと思ったこともあるけど、なんだかんだ言っていつも俺を応援して支えてくれていたんだ」

「うん」

さらにページをめくっていくと、別の女の子の顔があった。
頭のよさそうな明るい感じの子だった。

「この子は?」

「ああ、同じクラスの子。優等生で神谷といつも成績張り合ってたんだ。でもその子途中で病気になっちまって… 学校休みがちになって」

「そう…」

「でさ、その子が学校休んだ日は、神谷がプリントとか宿題を家まで届けてたんだ。家に近いやつは他にもいたんだけど、自分だったら宿題のわからないところも教えてあげられるからって…」

「そうなんだ、 優しい…」

蘭世はアルバムに目を落としたまま言った。

「でも学年の終わりごろ亡くなって。その後しばらくは、神谷も元気なくて… でもそのうちその子の分も頑張るって、もっと真剣に勉強に取り組むようになってさ」

「真壁くん、私の知らない神谷さんのことたくさん知ってるんだよね」

「付き合い長いからな。あいつは優しいよ。優しいし強い」

「うん。私は神谷さんに会った時からライバルで喧嘩ばっかりだったけど、時々何となく優しさは感じていたの」

「だろ、しかもあいつ結構友達多いんだ」

「そうなんだ。でもわかるな。神谷さんがいったん友達になったら、何でも話せていろんなこと相談できる心強い味方になりそう」

「俺たちのこともいつかきっとわかってくれるよ」

「うん… 私、すこし焦ってたのよね。その証がほしくて結婚式に出てほしいって。でも今この話を聞いて、いつか祝福してくれるって確信がもてた」

「もう少し時間がかかると思うけどな。神谷にはそんなに気を使うことないって。焦らず信じて待ってればいいってこと」

「そうね。あー、なんだかすっきりした。今日はありがとう。アルバム見せてくれてよかった」

蘭世はアルバムを閉じた。俊はアルバムを本棚に戻すと、もっと近づいてソファに座った。

蘭世の心のモヤモヤは消え去り、冬の外の空気と同じような澄み切った気持ちだった。いつもの明るい優しく柔らかな笑顔。蘭世の表情に俊も心が軽くなった。そして…

「アルバム見せたかったのもあるけどさ」

軽く咳払いをし、少し顔を赤くして言った。

「一週間口聞いてなかっただろ。そろそろ俺の方向いてほしいんだけど」

「ふふふ、またそのセリフ。忘れてないよ。大好きよ真壁くん」

俊は蘭世の柔らかい髪に左手を入れた。

そして右手で蘭世の体を優しく抱き寄せ、唇を重ねた。

外は雪が降り出していた。

「あっ、雪」

唇を離した二人は雪に気づき、窓の方へ行った。ふわふわと舞う真っ白な雪。その雪の景色は軽くなった二人の心をさらに浮き立たせた。

「でも、ちょっと妬けちゃうな。私の知らない神谷さんと真壁くんの思い出」

ぷくっと怒ったような茶目っ気と笑みの混じった表情で言った。

「ばか、妬く必要なんてないだろ。俺と結婚するのは江藤なんだから」

俊は蘭世の頭にポンと手を乗せ、その手を頬の方にずらすと顔を近づけ…

再び熱いキスを交わした。

曇った窓ガラスに映る二人のシルエットは、そのまま横になり、俊の背中だけになった。

プロポーズの後、夏秋冬とひととおり季節がめぐる。めぐる季節の中で、二人はケンカ仲直りを繰り返し絆を深めていた。

嬉し涙の止まらない結婚式の春は、もうすぐそこまで来ている。

「ねえ、神谷さんの第一印象、どうだった?」

「覚えてねえよ‪💢」

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